初級『純粋理性批判』カントレビュー

『純粋理性批判』を読みました!

今回扱ったのは体系的であるカントの中でもマイナーな箇所でした。しかし浜田先生によると、カントはそういうところでこそ大事なことを言っていたりするそうです。
テーマは可能性と現実性という様相。
まずなぜここが問題なのかをカントに内在的に、つまりカントに寄り添いながら問い直しました。
そして今度は様相概念がなぜ大切なのか、私たち自身にひきつけて考えていきました。
例えばアリストテレス的存在論でも可能性や現実性が重要となりますが、それについて「名ばかりの説明」をしても仕方ありません。
浜田先生は、これを私たちにとっての自分事として引き受けて考えていきます。

様相があるおかげで世界が豊かになっているとしたら、様相によって言える世界のあり方とは何なのでしょうか。

そこで具体的に「変化」という事態の不思議を考えていきました。例えば輪廻転生、運命の車輪、万物は流転する、単位の繰り返し。『方丈記』を例に、なくなってしまう、という無常観。あるいはピコ・デラ・ミランドラを例に、人間の本性としての変化、その肯定。さらに変身するということ、堕落や人格の変化など…。
こうしたいろんな変化というものを、通常の推論、存在論ではつかめていないというのがカントの批判です。
可能性に種差が付け加わって現実的なものになるというのはおかしい。
数としては完全に重なり合っているから、種差はありません。例えば可能的な眼鏡と現実的なメガネは、種差的に区別できるものではありません。
では何がリアリティを与えるのでしょうか。リアルさはどこから来るのでしょうか。
なぜ可能性と現実性は違うのでしょうか。私たちは、違うとわかっているのにわからない。
どう考えていったらよいのか、カント自身は明確な指針などは出していないようです。
そこで私たち自身で考えていきましたが、どんどんわからなくなっていきました。

まさに現場的に哲学をする回となりました。

(伊勢俊介)

さて、今回の哲学サロンは、ダイジェストとしてYoutubeにて無料でご覧いただくことが出来ます。

また、全編はこちらからご覧いただけます。
・前半 https://community.camp-fire.jp/projects/319291/activities.214540#main
・後半 https://community.camp-fire.jp/projects/319291/activities/214543#main

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