中級『告白』アウグスティヌス【オンライン哲学読書会】(3/3回)レビュー

『告白』アウグスティヌス【哲学オンラインサロン】、全3回終了しました!

最終回となる第三回では、10巻11巻を対象に、告白・記憶・時間について考えていきました。

アウグスティヌスがなぜ告白を書いたのか、それは「神はどこにいるのか」という問いでもあるというお話から始まりました。
「神」とは会ったこともないのになぜ知っているのか?アウグスティヌスは「既に知っている、目に見えることのない」神を心において探します。
ここにはプラトン的二世界説の影響、身体・物体の世界と心の世界との対比があるようです。
目に見える外界から、目に見えない内面世界へ。
かくして記憶論へと進んでいきました。
この探求の段階性は、『三位一体論』に詳しいそうです。

そして、デカルトの完全性の観念やプラトンの想起説、ロックの人格の同一性などと比べつつ、アウグスティヌスの記憶論を紐解いていきました。
ここには認識論的な、先天的知識(生得観念)の根拠といった問題も垣間見えます。
そして記憶の奥深さ、果てのなさに、アウグスティヌスは「私を越えてsupra me」「あなたにおいてin te」「内なる神」を見出すわけですが、なかでも興味深いのは、先生が「神の美の経験」に着目しておられる点でした。
また、祈りと思索という問いも出て、アウグスティヌスにおける信仰と理性の境界・関係が議論されました。

後半では第11巻の時間論を検討しました。創世記における「始めに言葉があった」の「始め」とは何を意味するのでしょうか。
わかっていながら説明できない「時間」の不思議さ、円環的時間・アリストテレス的運動変化・意識の時間について解説していただきました。
そしてアウグスティヌスの時間論では、「時間の言葉」から「永遠の言葉」へのプラトン的上昇を確認しました。

名残惜しくはありますが、アウグスティヌスの『告白』は今回が最後です。しかし、先生から今度は「美学」について何かやってみましょうとの提案をいただきましたので、皆様どうぞお楽しみにお待ち下さいませ。
また、来る11月3日(文化の日)のイベント「映画監督×哲学者」にもご登壇いただきます!こちらもぜひご参加ください!

(伊勢)

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